イギリス国民投票によるEU離脱と参院選後の日本国憲法改正の手続|ワイマール憲法停止の歴史

2016年6月13日のイギリス国民投票においてEU離脱が決定(賛成:51.9%、反対:48.1%)しました。日本では参議院選挙で与党勢力が3分の2を超えれば憲法改正の発議が可能となり、国民投票で過半数を超えれば改正が可能となります。歴史を振り返ればドイツ民主制の基礎であったワイマール憲法がナチス党の手により選挙後の合法手続で停止されるという事件があり、その後の暗黒史は広く知られるとおりです。

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国民の意見が割れるような政策の選択については、選挙という民主的手続が正しい判断を下すとは限りません。実際に今回のイギリス国民投票でも、EU離脱賛成に投票した人が「離脱した場合の不利益には考えが及ばなかった。離脱を撤回したい。」という趣旨の意見を述べる様子が多く報道されました。また、国民投票の再投票を求める請願書の署名が6月27日時点で320万人を超えたそうです。

民主主義の理念を否定するつもりはないですが、重要な政策選択について目先の利益だけを煽って大衆の関心をひきつける手法(アメリカ大統領候補のトランプ氏も該当しますね)は、危険性も高いと言えそうです。

そこでわが国での7月10日に実施される参議院選挙の趨勢が注目されます。

どうして今回の参議院選挙が注目されるかといえば、自民党と公明党の政権与党の獲得議席数が3分の2を超えれば日本国憲法を改正する発議が可能となるからです。

日本国憲法は民主主義を保障するために改正条件が厳しくされていることから硬性憲法と呼ばれています。自民党の綱領には「新しい憲法の制定」を掲げており、条件が整えば憲法改正の手続を進めたいと考えていることは明白です。

この憲法改正のルールは日本国憲法第96条に定められています。

憲法第96条

この憲法の改正は、各議院の総議員の三分の二以上の賛成で、国会が、これを発議し、国民に提案してその承認を経なければならない。この承認には、特別の国民投票又は国会の定める選挙の際行われる投票において、その過半数の賛成を必要とする。

つまり、憲法改正には、衆議院と参議院の両方で3分の2以上の賛成で発議し、その後に国民投票を行って過半数の賛成を得なくてはならないということです。

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この条件が厳しいこともあり、日本国憲法は制定から一度も改正の発議がされたことがありません。

戦後史において、政権与党が両院の3分の2を超える議席を占めるような政治状況がなかったため、自民党も改正手続に着手することはありませんでした。

しかし、2016年6月時点で衆議院は自公が3分の2以上を占めており、7月10日の参議院選挙で自公が3分の2を超える結果になれば憲法改正の発議が可能になるわけです。

(2016年6月時点では、衆議院は総議席数475に対し自公が325、参議院は総議席数242に対し自公は134)。

こうした背景があるため、この7月の参議院選挙は憲法改正を可能とする政治状況になるか否かの重要な意味を持つわけです。

そこで日本国憲法を改正する必要があるかどうかが問題となります。

日本国憲法は制定から約70年の間、一度も改正されていません。

法律というのは社会の変化に応じて改正していくものなので、改正の作業がなければ社会の実態に合わない古いルールが残り続けるという弊害も懸念されます。

ただ、憲法は法律よりも上位に存在する規範であり、大まかな理念だけを定めていて、細かいところは法律で定めているのが実態です。社会の変化は法律の改正で対応すれば対処可能で、社会的弊害が大きくなった部分のみを改正すればよいという考え方も出来ます。

現行の日本国憲法ではプライバシー権に関する明文規定が無いとか、交戦権を否定する憲法第9条が国際情勢に合わないという意見もあり、改正が可能な状況にするべきだという議論もあります。(そのためには、まず憲法第96条を改正して改正の基準を低くするべきだという主張がされています)。

それでは、どうして日本国憲法を改正するハードルが高く設定されているかを考えなくてはなりません。

それは第二次世界大戦前のドイツのワイマール憲法が、ヒトラーが率いるナチス党によって、選挙手続を経た後に停止され、ドイツ国民の諸権利が合法的に奪われたという歴史的教訓があるからです。最高法規である憲法は、時の政権の都合で簡単に変更できるものであってはならないとの考え方になっています。

第二次世界大戦前のドイツは大不況に見舞われ、経済政策で人気を集めたヒトラーは選挙によってナチス党の勢力を広げました。そして拡張政策を突き進めて戦争の道を歩みました。その過程で民主的なワイマール憲法を停止させたのですが、それでも当初は国民に歓迎されていました。しかし、戦争政策を遂行する過程で国民の権利を抑圧し、ヨーロッパを悲劇の地にしてしまいました。

このように選挙や投票というのは、国政への不満や不況による生活苦などが重なると、既成制度の打破を訴えるヒーローに支持が集中し、自国民の権利擁護をしてきた環境を破壊してしまう結果を招くことがあります。

投票で物事を決する場合には、それぞれのメリットとデメリットを明確に訴求しなくてはなりません。

イギリス国民投票では、EU離脱についてのデメリットについて説明が尽くされてはいなかったようです。

奇しくも次期アメリカ大統領選挙戦においても、移民排斥や国内産業優先を掲げ極端な外交論を展開するトランプ氏の支持が高まっています。

日本も憲法改正議論の先には第9条の修正と交戦権の復権が控えていることでしょう。こうした対外排斥と内向きな政策が支持される状況は第二次世界大戦前の雰囲気に似ているのではという危惧もあります。

大衆は不満のはけ口を仮想敵に向ける扇動に弱く、そうした熱狂は地道な国際協調の流れを台無しにしてしまいます。

日本は戦後70年も戦争をしていないという事実があり、その中で形成された国民の意識や価値観が試される時期になっているのかもしれません。

今後、日本国憲法の改正が発議される状況になれば、改正事項のメリットとデメリットの両方を比較し、冷静な判断ができるような資料を提示してもらいたいものです。

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